ちょっと凹凹

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

文科省VS財務省なのでしょうか?

①平成期に児童数が4割減したけど教員はそれほど減ってない。
②数に頼らない教育が必要。
③今までの人材予算で大金を使っても効果が無かった。

というのが教育にお金をかけない理由だそうです。平成時代に社会やカリキュラムの変化が無ければ「仕方ないねー」となるのですが、昭和63年と令和2年を比べて変化が無い訳が無い。

「いつの時代も子どもは変わらない」ってよく聴きます。素直などの本質的な部分で同意はします。素直な故に環境に左右される訳で、社会の影響を大きく受けて時代によって子どもは変わります。

平成3年と平成10年の授業のビデオを視ると、子どもの姿勢が違います。学園モノのドラマを視ていても現在に近づくほど体の動く子どもの割合が多くなります。

家庭環境だって変化しました。シングルPは珍しくなくなりましたし、放課後児童預かりサービスを利用する子も学級の過半になっています。子どもの遊びに関しても大幅に変化した平成時代でした。

そんな時代に「反ゆとり教育」が始まって、学校自体がBLACK職場になっていったワケです。その間、新たな教科を追加して仕事量が大幅に増えても、学校の新たな役割を持たせて仕事量を増やしても、職員は増えませんでした。かえって、地方財政が赤字だったことで、給料は減っていた時期です。

だから児童数の増減だけで考えて欲しくないよなぁ。しかも現実的に足りてない現状を財務省はどうしたいのかな?そこまでは考えないんだろうなぁ。

文部科学省には言って欲しいのよ、「金を出さないなら、量を減らします」と。「学習指導要領を半分にします」と言って欲しいね。それが言えないのは、文科大臣を筆頭に省庁の人たちが現場のBLACKさ加減を実感できてないからです。

大なたを振るって欲しいね。小学校中学年以降の音楽体育の廃止、小学校英語の廃止、学習漢字の3割減、小学校高学年以降での計算問題の廃止、部活動の禁止・・・色々やめちゃえ!スマホ片手に生活するんだから、それを前提に必要な知識を組立直すのが良いかと思います。

数に頼らない教育にするなら、小学校から単位制でも導入しますか?飛び級や留年制度を義務教育課程からシビアに導入すれば、少なくとも学習面では効率的な運用ができます。差別無しにこれが回れば、それはある意味理想かも知れません。いずれにしても、熱中時代の昔から・・・いや、二十四の瞳の時代から学校は生活面、運営面が大変なのであって、そこに人を割けないようなら学校教育はある意味終わりかなぁと思います。育むモノが変わるんでしょうね。