ちょっと凹凹

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

学校の学習支援

リエゾン-こどものこころ診療所-というドラマを勧められて、GYAOで視聴しています。原作が漫画になっていると云うことで、一度読んでみたいモノです。

全回観ている訳ではないのですが、発達障害に焦点を当てているのでしょうかね?今日観たのは限局性学習障害ディスレクシアが課題になっていました。主人公の診療所で勧められたIT支援を担任が特別扱いを理由に拒みます。場面が変わって「学校によって進み具合が違うから・・」という台詞が出て来ます。まぁ、その通りですね。

でも学習障害って本来、医療分野じゃなくて教育分野だよなぁ・・・と以前から思っているのですが、教員の多くは、そう思っていないんじゃないかなぁ。確かに診断は医療なんですけれど、「学び方の工夫」は教育です。子どもが学ぶ事について、指導支援をするのが教員の仕事なんだけどなぁ。

そもそも、診断のあるなしにかかわらず、学び方について、いくつかのアプローチが出来なきゃイケないんじゃないかなと。「こういう状態の子には、こういう学び方ができます」というコーチング機能が軽視されているように思えてなりません。一斉授業の研究は昔から多いのですが、多様性に向けた学校研究がもっと増えてイイと思うんだけどなぁ。

卒論で戦後教育史を扱ったのですが、当時の資料によく出て来た言葉に「学校は科学の最先端でなければならない」というのがありました。未来を作る子どもたちを教える場なのだから最先端でなければならない、ということでしょう。非常に納得しました。

しかし実際に学校に勤務していて、「最後尾?」と思うことがたくさんありました。教育予算が少ないことも大きいですけど、生活科に教科書が出来て、総合的な学習に困った全国の教員の様子を見て、正直がっかりもしました。なんて保守的な職なんでしょう・・・と世間が解っちゃっているから、あのようなドラマの展開になるのですね。そしてその事に違和感がない。

 

さて、今日は発達障害に関しての発見がありました。自分も発達障害特性をいくつか持っていて、学んだ支援教育を自己支援に活かしています。先程、ZOOM研究会が開かれたのですが、画面に映るヒトであっても目をそらして喋っている自分に気付きました。画面なのになぁ。しかも、みんながカメラを観ている訳でもないから、視線が合って喋る状態でもないと思うのですが・・・気付いた後でも、目をそらしてました。その方が楽に喋られます。こんな事、考えたことはなかったなぁ。