ちょっと凹凹

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

教科のおおざっぱな目標

今日はZOOMでお勉強会の日でした。なかなか内容について行くのが大変なのですが、視点がずれても変なことを言っても、許されてきているので助かっています。現場に出る事も少なくなっているので、貴重な学びの場になっています。

参加しながら一番考えたのが「生活科って何だっけ」でした。話題にはなっていないのですが、話の合間につらつら考えていました。

 

ADHDの特性から授業の脱線は結構得意で、自己支援しないとまともな授業になりません。2校目アタリで教科目標を整理することを覚えました。はじめは単元目標だったのですが、それも面倒になり、教科目標を短くすれば良いことに思い至りました。

 

国語
これは「日本語学習」です。私的には「日本で生活する上で困らない程度の言語コミュニケーション力を身につける」が優先順位のトップで、以下、知識や豊かさになっていく感じかな?

算数
「整理力」だと思います。物事を整理して考えるのが算数ではないかな?算数というと真っ先に計算力をイメージしがちですが、計算機を持ち歩く現代社会では、簡易な計算だけ出来れば困りません。「数感覚」は大事だと思いますが、計算するより立式できなきゃ使える算数にはなりません。

理科
「身近な自然科学の理解」かな。「因果関係の理解」かな?社会で使われている用語を覚えるのも大事ですが、植物の成長や水の温まり方など、観察や実験を通して条件→結果の流れが分かる事が大事なんじゃないかなぁ。

社会科
「公民的資質」って言葉で表してましたが、子ども向けには「自分と社会のつながり」を学ぶって説明してました。

図画工作
本来は自己表現科目なんですけどねぇ。自由造形活動になることはないですねぇ。自分の授業は表現手段を学ぶ時間になってましたね。絵の上手い下手じゃなくて、表現手段を使えるかどうかの評価に偏りがちでした。自由造形活動にしたかったなぁ。

音楽
これも本来自己表現科目でしょう?情操教育のトップのハズです。でも「音が苦」という言葉があるように、大真面目にカリキュラム通りにやると結構キツいです。とは云え、音楽を受け持った年って5回くらいしかないので、あまり偉そうなことは言えませんが・・・。授業時数が減った時に、履修する楽器が減らなかったのが悔しいです。

体育
最初の頃は「自分へのチャレンジ」みたいな感覚で教えていたのですが、最後のクラスで優先順位が変わりました。「みんなで楽しめる工夫」みたいな?それは体育じゃないじゃん?と保護者からも言われたこともありましたが、関心意欲態度優先で説明してましたが、今考えると苦しいですねぇ。

家庭科
「独り暮らしの準備」でいいかなぁ。自立に最も必要な教科だと思います。

英語
「他国の言葉や文化を学ぶ」って説明してたけど、楽しめれば良い時代だったので、今だったら何と説明するだろう?

総合的な学習の時間
「プランニング」が優先順位1位だと思ってやってました。学級持ちの時代は時数がまだそれなりにあった時代なので、個々の進度にばらつきがあっても対応できることが多かったんですけどね。自立学習の時間だなぁという感覚だったかな?

生活科
「かかわり合い」のイメージが強いです。低学年を2回しかやってないので、あまり考えていませんが、「理科と社会の合科ではない」とか「遊び経験不足」とかの導入時の話は聞いているので、「かかわり合い」を中心に考えれば良いのかなぁ、と2度目の低学年の時に思ったのでした。

自立活動
現役時代の3割強が支援系担当だったので、結構考えてきましたが、この授業は字面の通りで分かり易い。

 

と、大雑把な目標の個人的解釈を並べてみました。こうやってShortにして心に留めることで脱線を防いでおりました。また、ガイダンス的に子どもに説明することもありました。そんなに的は外してないと思うのですが・・・

子どもへの説明で一番困ったのは歴史分野かな。社会なので「自分とのつながり」って説明するのだけれど、過去の出来事と現代社会のつながりを具体例を挙げながら毎回授業するのは難しい・・・

歴史学習について云えば、「何のために歴史を学ぶのですか」に対する答えが難しいなぁと思います。「歴史から学ぶ」「同じ過ちをしない」・・・小学生がシックリしないと思うんですよね。まぁでも、「知識が豊かになる」「国に誇りを持つ」なんて意見は少数しか見られません。そういう視点もあるけれど、優先順位は高くないだろうと思います。ある見方で「疑うこと出来るようになる」だったかな?そういった内容の説明があって、私には分かり易かったんですがね。賢くなるのは間違いないんですが・・・