ちょっと凹凹

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

装飾品

髪を染める、ピアスをする。昔の中学生ならツッパリとか不良とか呼ばれてしまう感じですが、クラスに1人2人と見かけるようになってきています。子どもや親に理由を聞いた時に自分本位な答が返ってきたコトがあります。最後は「俺の勝手だろ。誰にも迷惑かけてねぇんだから、いいだろ。」とおっしゃる方もいました。子どもは仕方がないとしても、親はどうなんだろう?オトナじゃないですね、少なくとも社会人としてのマナーは身についていらっしゃらないのでしょう。

一般的な意味で迷惑をかけてないって言えば、その通りなんです。でも、クラスって、教室の中の全員で創るモノなんですよね。私はその様に子どもたちに伝えてきたし、そういう面での責任を自覚してもらう方向で指導してました。社会の構成員一人一人がその場の雰囲気を作っている事につなげたかったわけです。そういうことを学ぶためにクラスがあるんだろうと思うんですけど。

宗教的理由があるとか、理由があれば、他者理解の指導をしたりしてましたし、趣味や嗜好の場合もそういう面では同様にしてました。結果的に周りの子の理解力とか受容力とか対応力は育つんですけどね。

 

場の雰囲気という点では、余計な視覚的情報を持ちめば、学習環境を乱しますね。大なり小なり全員が乱してるんですけど、目立つ外見なら強い情報になるので、迷惑と云えば迷惑です。注意力の弱い子の学習環境を侵害しているってことにつながります。

 

そういう意味では、教師の方も学習する雰囲気を壊さない、子どもの気を散らさない事に気を配る必要があるでしょう。仕事場なんですから、着飾るより動きやすくするのは当たり前。髪型、ネックレス、指輪、イヤリング・・・装いを飾る品物なんだから、目をひくわけです。こういう人は授業で子どもの目をどこに持って行こうとしているんだろう?

率先して子どもの学習環境を侵害しているわけで、そういう教師が、気が散っている子を叱るのはズルくないですか?

「オトナはよいけどコドモはダメ」と何十年も前の指導がまだ繰り返されています。理由自体は悪くはないとは思います。現代の風潮の中、納得する子どもは減っていると思いますが、オトナと子どもの線引きは必要だと思います。でも、もう少し教室という場所について教師自身が考えた方がよいのではないかと思うのです。

 

モチロン、そんな環境要因など関係ないくらいに学習出来る授業力や指導力があるなら、キラキラチャラチャラしても良いのです。