ちょっと凹凹

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

まなび について

夏の講座で「教えただけでは学習にならない。」と宣っていた先生がおられましたが、全く同感でした。

「先生は言ったよね。」と子どもに投げかけて指導を想起させる…なんてことを私もよくやりましたが、そもそもの指導がどうだった?っていう事は棚上げされてしまい、こういう状況下だと子どもが反論できる雰囲気は無く…

「言ったよね。」という指導内容が問題なんですね。言った前後の指導は?どう言ったのか?とかで指導の質が変わりますよね。

冒頭の言葉は更に厳しい様な…同じかな?

「教える」っていう事をもっと真面目に考える必要があると思うのだけれど。

授業で色々

久し振りに歴史の授業なんかをやらせてもらい、教材研究も気合いが入ったのですが、なかなかうまくいかない…

授業って子どもと造るものなんだと、実感できたのが収穫かな。

こういう授業がしたい、って思ったら、そこに向けて子どもを育てる。クラスの雰囲気をつくる。今まで、そういう事をやってきたのね。

クラスを離れて実感できたのが、やっぱり担任の威力は凄いってことで…学級運営を欠いた授業の難しさを考えると、個としての授業力ってかなりレベルの高い話なんだなぁ。

お墓参り

お盆も終わったので、そろそろ墓参りに行こうかな。

偲ぶ。墓の前に立って今はいない人を偲ぶ。

逝ってしまった時は、結構苦しかったけどなぁ。年々苦しさが軽くなって行くのだね。

軽井沢シンドロームでの耕平さんの台詞。墓参りをして忘れていく。自分のせいで死んだことを。みたいな内容だったと思うのですが。

あれから10年以上過ぎても、そこは忘れられない。やっぱり自分にも責任の一端はあるなぁ…

死んでしまった事、会えなくなった事、そこがとても悲しかったなぁ。

でも、あの時ほどは感情の昂りはない。これが時の流れ?

でも後悔は今の方が強いかもしれない。あーも出来たんじゃね?こーも出来たんじゃね?ぐるぐるぐるぐる。

だから墓参りをして謝るのね。

謝られても困るだろうか?これも自己満足でしかないよなぁ。

はだしのゲンかぁ

「ゲン」貸し出し禁止を要請

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=2543426

昔読んだなぁ。掲載されていたのは少年誌だったと記憶しているけれど、うるさくなってきているのも時代の流れなのかなぁ。

「間違った歴史観」という言い方も普通になったけれど、おかしくないか?時代で変わるモノでしょう、これは。20年前に政治家が口にしにくかった事を、今は普通に口にしている。それだけ日本市民は戦争の事を気にしなくなったんだね。今や憲法改正だものなぁ・・・

PTAによる悪書追放とか低質番組反対キャンペーンとかあったなぁ。昔はそれで「臭い物に蓋をする」事ができたのだろうけれど、ネット時代の今日、果たしてどのくらいの効果があるのやら?

月月火水木金金

軍歌です。休むことなく国のために働く軍人さんを讃え、誇り、感謝し敬いの気持ちが高まるのではないかと思うのですが、どうでしょう。

どんたくの習慣は文明開化以降、日本に持ち込まれたもので、古来、マツリに関する日にのみ休んでいたと考えられるわけです。

そういう意味では、軍だけでなく、とても日本的な仕事の仕方なのでしょう。

私は「ゆとり」に賛成なのですが、日本では難しいのかもしれない、と思い始めているこの頃です。

人身事故

電車を使っていれば、よく聞く言葉ではありますよね。間近で起きたのは初めての事で、色々考えてしまいました。

事故って言われても、見えている現象は、電車の遅延、ダイヤの乱れであって、その部分に対応している人がほとんどなのでしょうね。それぞれその日の流れがあるので、流れに変化が起きている事への対応が第1。自分だってそうだったし、飛行機に間に合わないと言っていたペアなんか、気の毒に思うし。

そうなんだけど、近くに血まみれの方が横たわっているって思ったら・・・。

自分の感性の弱さを感じますね。「人身事故」って言っているんだから、人が傷ついているわけです。今まで、そこまで思い至らなかったなぁ。