ちょっと凹凹

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

お金をかけない教育政策

昔から「日本って教育に金をかけないよなぁ」と言ってきましたが、全くかけていないのか?と言われると、そんなことは無い、と答えてしまいます。

先日、子どもの頃に読んでいた「エリート狂走曲」という弓月光さんの作品を久しぶりに読んだのですが、「塾に追われる都会の子ども」描写が受験戦争を上手く表していると思います。雰囲気的には当時より緩和しているように感じますが、昔から塾や予備校にお金はかかってます。各家庭のお金が。

塾で思い出すのは、若い頃に、クラスの保護者にたまたま街で会った時に「ウチの子、明日から塾に行くことになったんです」と言われました。当時は軽く受けてしまったのですが、あれは担任がしっかり教えてくれないから・・・という意味かなぁ、と後年反省しきりでした。普通の学級編成をしていれば、どの学級にも偏差値グラフのような散らばりがあり、真面な教師なら授業を考える時の大前提になります・・・が色々工夫はしても難しい。塾肯定派ではありますが、かといって、塾を前提とした公立学校の授業は違うと思っていたので、結構な悩み所です。

 

行政が金を出していないかと言えば、それも違いまして、Bing AIチャットによると令和2年度は「新学習指導要領の円滑な実施と学校における働き方改革のための指導・運営体制の構築」として85億円だそうです。便利ですねぇAI。

平成末期から文科省が出している多くのパンフレットを見ると、色々企画は出しているのですが、課題解決につながってないのは、現状を見ると否定できないでしょう。省としての働き方改革予算案は1兆越えだったらしいですが、国は認めてくれない。

子ども家庭庁の設置は良かったのですが、子どもを支援するための根幹システムである家庭や学校に負担を負わせる図式が改善しないまま進んでいくのはどうなのでしょう?

「子ども基本法」とか、金をかけずにアピールするのは、さすが政治屋さんは上手ですねぇ。でも平成時代の教育政策が失敗しているから、わずかな地域を除いて教員不足になっているのではないでしょうか?与党が目指している「国内どこでも等質教育」が実現できないのは、与党の政治の積み重ねの結果です。実現した所で課題は多いと思いますが、本気で実現しようと思っているなら、道が違うんじゃ無いかと思います。

実際、働かせ方を改善して人件費をかけずに効率的に授業をするなら、今の学級編成の仕方を変える必要もあるんじゃないかな?教科担任制度は好きじゃ無いけど、各教科ごとに習熟度別の授業をするとか・・・予備校と同じですね。

100人規模の学年なら、定数で3学級になりますから、上位70人の学級と、グレーな20人の学級と下位10人の学級と。当然反対されますが。

ただ、「上手な先生が(教員で無くても良い)授業の動画を撮って、全国一斉に流して子どもに視聴させれば良い」と宣う方もいらっしゃいまして、仮に、それをやれば、サポートする現場教師の担当割合は似たようになるんじゃ無いかと思います。70人の採点はめんどくさそうですが、そこはAIで処理するようにしてください。

当然、現状ではいじめや差別につながりやすいと思います。でも教科にして道徳は強化されたんですよねぇ?小学校にも教科担任制を導入して学級裁量可能な時間を減らしているんですよねぇ?大丈夫だからやっているんじゃ無いのですかねぇ?

私としてはそんな変わり方をする学校で、今までと同じレベルの子どもや集団を育てる自信はありませんが。