ちょっと凹凹

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

春の節分に探鳥会

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 1年ぶりの探鳥会でした。今回は十数年ぶりに押し入れから出してきた一眼レフのデジカメに300mmのレンズを装着して勇んで参加しましたが、使い方を忘れていて・・・あれは?これは?と色々いじりながら、やっとピントの合わせ方とかフラッシュの止め方とかが分かりました。

 使い方が分かっただけでは撮れないんですよね。鳥ってすぐに動いちゃうから。昔はどうやって撮っていたのだろう???

 まぁ、「使わないと定着しない」「使わないと忘れる」ってことを実体験できたわけです。

 

 行事なので、鳥見している様子も撮っておいた方が良いよね?って考えまして、場の様子も300mmで撮っていました。モチロン距離をとらなければなりません。結構離れた所から撮らないとねぇ。交換レンズを持ってくるべきだったなぁ、とか思いました。

 でもスマホ持っていたんだよね。カメラ機能で撮れば済んだじゃん。何で気づけないかなぁと、帰りの車の中でそう気付いたわけです。

 私は日常的にそういう行動が結構多く、その場で広い視野が持てないというか、周りに目が行かないというか・・・ナントカ任務遂行は出来ている事が多いので大きく困る事はないし、仕事上はまぁまぁ問題ないと思いますが、結構悩みの種になっています。

 自己支援で何とかなっている、という言い方にすると、さらに悩みが深くなってしまいますが、こういう「プレ困り感」みたいなのって誰にでもあるモノなのでしょうかね??

 みんながそうなら、支援を理解してくれる人は増えるかも、と。苦手な事を自己支援しているわけでしょう?自覚はないかもだけど。

 

 久しぶりに鳥撮して、昔の心がちょっと復活。運動にもなるので、時間が空いたらまた鳥撮しに行こうかと思います。つきあってくれそうな同僚もいそうだし、昔の探鳥コースを歩いてみたいと思います。まずは田んぼコースかな。

教材そろばん

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ウチに来ている子どもの中に算数が苦手な子が数名いまして、その内の2人からそろばんをやってみたいとリクエストがありました。

私は普段、子どもの希望をすぐに叶えるような教師ではないのですが、今回は乗ってみることにしました。

以前、東京のおもちゃ美術館で購入した、数字が表示されるそろばんを使います。

プリントは、フリーの

初心者のためのそろばんの使い方http://soroban-no1.com/

という、とてもよいサイトがありましたので、授業で使うところだけ印刷させていただき、切り貼りして教材を作りました。切り貼りなんて何年ぶりでしょう?

 

計算や数概念だけでなく、指運動とかコントロールとか、手と目の協応とか、色々なポイントがあるような教具だと思うんですけど、さて、どうでしょう。

臨時参観

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予報通りの展開ですね。雪が積もってきています。5校時、6校時の子どもが雪で来られないという連絡がありました。

せっかく時間が空いたので、通常級の参観をして回りました。通常級を担任していた時も、他のクラスを見せてもらっていましたが、いくつになっても参観は勉強になります。

でも、ほとんどの方は、自分の教室や職員室でお仕事してます。テスト採点なんか後にして、見て回ればいいのに( ̄▽ ̄)とも思いますけど、毎日残業で、とても忙しいのも事実なので仕方ないです。

こういうゆとりさえ無いんですよね、今のカリキュラムでは。学級閉鎖が増える季節です。閉鎖すると年間時数は減るんですね。多目に組んでいるとはいえ…

あーやっぱり教育にはゆとりが必要でしょう?

 

今日は学校給食の日。関連してカレーの日でした。

 

極寒?の教室対応

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ウチの教室は、個別指導するには広いのです。広くて人がいないので、とても寒いです。空調が入ってマシにはなりましたが、設定温度を最大にしても上着が必要な日もあります。窓に畳を立てかけて冷気の侵入を防いでいます。もうひとつ、床が木でない事と階下が倉庫になっていることから足元が冷える…とっても冷えるのですが、ついにがまんできなくなって、家からホットカーペットを持ち込みました。これで大丈夫だと思うのですが。

コミュニケーションが育つ様子?

午前中、電車の中での風景。

右手のボックス席に画面ゲームをしてる2、3歳くらいの子とスマホを操作してる父母。

左手のドア近くに父とおしゃべりしてる2、3歳くらいの子。

 

左右をチラチラ見比べてしまいました。近場で比較すると、色々気になってしまいます。

普段はどうなのか分かりませんが、言葉数に差があるし、相手を見るっていうスキルにも差が…

助詞「は」と「が」

職場でYさんと「は」と「が」、「に」と「へ」の使い方の違いについて話していました。Yさんがネットで調べてくれまして・・・調べてもらったことを基に短くまとめると、

・述語が動詞なら「が」

・「は」と「が」を入れ替えると限定されたようになる

みたいな感じでしょうか?話している時には結構納得できたんですけどねぇ。これを教材か出来ないかなぁ。中学年対象ぐらいで。

 

経験で獲得したモノを教える時に、曖昧さが出てくるんですね。自分も担任していた時は、「感覚的に教える」って結構やってしまっていて、そういうのは作文指導とか実技教科に多かったように記憶しています。

作文指導で子どもが文を見せに来るじゃないですか。助詞の使い方などは指導対象でしたが、文例を挙げて説明するだけで、自分で理屈がわかっていなかったなぁ。間違いを教えているわけではないのですけれど、巧い教え方ではなかったのね。

図工や音楽に関しては若い頃が酷かったかな。自分がすこぉしカジッタモノだから、感覚的な教え方になるのね。子どもの個性をつぶしちゃいけない、みたいな事を表面的にしか理解していなかったので、絵を見て「もうちょっとにぎやかなほうがいいなぁ」とか言うわけです。今なら具体的に見通しを持てるような言い方をするのでしょうけれど・・・

私の特性からか、若い頃にもしっくりこない事が多くて、そういう時には声のかけ方が甘くなるんだよね。

 

助詞の使い方について、Yさんと長々喋っていましたが、日本語の教え方について、もっと考えないといけないんじゃないか?という話になりました。日本語学校の先生の教え方を知っておくべきなんじゃないかな?と数年前から思っているのですがねぇ・・・

経験しいていないことはわからない

さっき、ユーチューブで動画を視ておりましたら、若者にレコードを使わせてみて、そのできない様子について「あんな事もできない」という雰囲気の後、若者言葉などについてコメントというかしゃべり合っていましたが・・・レコードなど、今の若者が知らないモノを試させて使えない、という事が、内容的にどうつながるのか?よくわかりませんでした。

知らないモノが使えないと言うことを否定するのでしょうかね?

今の50代や60代の人だって、わらじの作り方を知っている人は少ないと思うぞ。

生活の中から消えたモノを出してきて、ノスタルジックに浸るのは良いけれど、自分たちの時代に消えていたモノだってあるのだから・・・

そもそも、3無主義とか6無主義とか言われていたんじゃなかった?下の世代を笑うより、自分たちの世代の総括でもすれば良いのに。

 

 

それはそれとして、やっぱり経験が大事なんだなぁと実感できる動画でありました。経験者にとっては何でもないことが、未経験者にとっての困り感になっているという事が。

出演者の上から目線な態度を視ていて、経験者が未経験者に対して「何でこんな事も出来ないのか?」という思いを抱いてしまうことが、普通に起こることも実証できているように思います。

相談の中に出てくる子どもに対する大人の行動や態度の背景はこんなところなのでしょう。気をつけないといけないよね。