ちょっと凹凹

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

自分が良ければ良いんだな、きっと

日大アメフト問題で今、コーチと監督が記者会見をしています。ネットで流れているのでライブで観ていますが、色々考えちゃいますね。

聴いていて一番気になったのは、「一つ質問します」と言っておいてたくさん質問している記者さんですね。

司会者が同じ内容の質問を止めようとしていましたが、止まりませんね。結局、質問者が聞きたいと思う答えを聞くまで満足できないのでしょう。きっと、質問者の期待があって、答えがその範囲に入らないと納得できないのかもしれません。

何か、後半の質問は、答えが予想できるようなものが多かったです。だってさっき○○と答えたんだから、これは○○と答えるでしょう、みたいな。本当に情報を掘り下げたいと思っているのかしら?みんなで質問しているのだから、バラバラに質問するんじゃなくて、連携できないものかしらね。

ほら、学級会でも関連した意見や質問から発言するじゃあないですか。個人プレーばかりで、こういう場面からも今現在の国民の社会性が垣間見えるように思うのですが。

 

質問の答えを聞いていて気になったのは、指導の姿勢ですかね。

教える側の常識を強要している状態が伝わってきます。前世紀の悪い伝統を受け継いでいるんでしょうね。強い言葉を今は使っていないと答えていましたが、教わる側のアセスメント抜きに教える側の都合のみで指導している点で昔と同じでしょう。

自身が行っている指導を振り返る良い視点になると思いますが、どうでしょう。

教えるっていう行為を軽く見ているからそうなっちゃうんだと思います。

 

そもそも自分は、記者会見って何のためにやっているのかがよく分かっていないのですがね。

壁 改

安定性や使い勝手を考えて、壁の改良作業をしています。本当はゴールデンウィーク中に完成予定でしたが…

上につけていたカラーボックスを二分して、20cm強低くなりました。これで廊下にも移動させる事ができます。

これまでのも、設計段階では廊下へ移動できるはずでしたが、作ったら5mm弱ドアに引っかかってしまい、廊下に出せなかったんですよね。不思議だなぁ(T_T)

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困り感を煽る

忘れ物をすると漢字練習をしなければならない

 

この指導はアリでしょうか?忘れ物に対してどのように指導するのか、ペナルティをどのように考えるのか、という事は結構な悩みどころになります。

自分は若い頃、その辺りは何も考えていなかったように思います。

忘れ物=約束違反=ペナルティ

という単純思考だったと思います。

困らないと行動改善できない、という考えに基づいて、困り感の演出としての漢字練習という位置づけとも考えられます。

 

何故漢字練習なのか?と考えると

 

それなりに手間がかかって、本人の為になる事

と昔は思っていたような気がします。

 

まず、教師側に漢字は書かなきゃ覚えない、という固定観念があるのではないでしょうか?

もちろん、漢字練習は、子どもにとって苦痛であると思っているのでしょう。

教えてもなかなか定着しない、という事もあるかもしれません。

忘れ物をする子どもは漢字が苦手である、という法則を経験から見出しているのかもしれません。

 

書かなきゃ覚えないっていう事は無いですよね。そもそも、単に書けば覚えるというものではないし。

練習が無目的であれば、子どもじゃなくても苦痛でしょうねぇ。

教え方はどうなんでしょうね?一斉に空書きしてドリルで練習という、19世紀の授業で終わってるなら、もう少し工夫が欲しいです。あと、教えた後の定着の図り方は?

忘れ物が多い背景がワーキングメモリにあるなら、これはつながるかもしれないですねぇ。

 

自分の実践経験からは、ペナルティの漢字練習で漢字習得が伸びた子はいないです。

逆に嫌いになるんじゃないかしら?

ペナルティになるくらいの作業に好感は持てないよなぁ。

 

生活習慣を何とかしたい、困り感を煽って行動改善につなぎたい、という所までは良いんだろうと思うのですが…具体的な良い手立てが欲しいなぁ。何か無いかなァ。

昔の自分に責任もてないなぁ

普段あまり実家に帰っておらず、親類に顔を合わせる機会がない私です。従姉妹や叔父や伯母、十数名と合って話したのは本当に久しぶりでした。昔話に花が咲くわけですが、自分が覚えていないことがポンポンと出てきて、出てくると自分も少し思い出せるみたいな作業を繰り返し・・・こうなると従姉妹の一人が言っていた「箱が開くの」という表現がすごくよく分かります。

昔の私について

面白いことを言っていた。変わっていた。変わった遊びを提案してた。禁止されたことをやって怒られる。

一体どんな子どもだったのか?どんな風に見られていたのか?

記憶にある姿だけでも定型発達ではないと推測できますし、小Ⅰの通信簿に「毎日天気予報を発表してた」みたいな記述が裏付けになるかな、とか思っていましたが。今回の会話で確信できましたね。

9時から6時過ぎ 4日目

最終日です。色々な職についている方からの話が聞けて、大変勉強になりました。

心理職の方に囲まれて学んだ4日間でしたが、看取りの技能がハンパないです。早いし。チョコッとかじった程度では届きませんでした。普段からのたりのたりやっているから時間が足りないし。Sさん、Yさん、Uさん、お世話になりました。

でもこういった視点を担任が持てたら、楽になる子が結構いるんじゃないかと。心理の面から道徳の授業を考えてみるとか、どうだろう?

とりあえず、何とかクリア。仕事に活かせそうな内容もたくさんあったし。

 

9時から6時過ぎ 3

3日目に入って、いよいよ半分くらい分からないという状況ですが、睡魔があまり襲ってこないのが不思議です。トータルで5分くらい落ちたかしら?

 

でも心理系用語が普通に飛び交う中、理解50%のまま、グループ討議に参加するのは結構な背伸びです。

共通認識している言葉って、伝わるための重要な要素ですね。面談で学校用語を使うのは良くないな〜って思いました。気をつけなきゃいけない。

子どもに対しても同じだな。子どもが理解している言葉を使わないと、ちゃんと通じないんじゃないの?理解できた子の動きを見て真似ているんじゃないのかな。それが狙いならアリかもしれないけど、だったら動けた時に評価して欲しい。

1年生と6年生で同じ言葉で指示を出すのは、教員の都合であって、低学年なんかよく動いているなーって思うわけです。そういう点に気づけない人が子どもの事をあれこれ言うのは無しだなぁ。

 

 

9時から6時過ぎ 2日目

あれから7年。3.11に朝から講習会でした。

 

さすがにそろそろついていけない部分が出てきて、時々思考停止してました。

児童がらみなら、何とかついていけるのですが…高齢者福祉とか家庭裁判所とか(T . T)知らない事だらけで、勉強にはなりますけど、イメージする手がかりが無い!

やはり学習には手がかりが必要です。身をもって体験してしまいました。

 

でもちょっと思い出したのだけれど、昔パソコンをやり始めた頃、パソコン情報誌をよく買っていたのです。でも、専門用語が多いじゃん。結構分からなかったのですが、分かったふりして読んでいたわけです。1年くらい購読してたら理解できました。

何度も読めば、分かるようになるんだね。でもパソコン動かしながらだから、体験しながら読んでいた事を考えると、純粋に読むだけで理解できたかどうか怪しいなぁ。

そもそも、1年もかかっているわけだから、仕事に応用はできないかぁ。やっぱし。