ちょっと支援教育とかを

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

久しぶりに読み物教材の教材分析

ちょっと事情がありまして、物語文の教材研究をしました。ここ数年は国語の教材研究というと、平仮名の覚え方とか、モノの名前を覚えるとか、助詞の使い方とか、そういうのばかりでしたが、今回は読み物教材でした。同僚のお手伝いなので、分析だけであまり時間はかけませんでしたが、それでも2時間くらい熱中してしまいました。

個人的には物語教材というと、やっぱり「白いぼうし」かなぁ。最後のクラスで6月から9月まで授業やっていたんじゃなかったかしら?別に校内研究でもないのに、個人的な思い入れでかなりの時間を使ってしまいました。事前の分析をやって授業に臨んでも、子どもたちとのやり取りで授業中の発見が多かったんですよ。ぞくぞくしましたね。

思い入れの強さでは、「やまなし」も色々やりましたねぇ。宮沢賢治は学生の頃から好きでしたし、大学の授業でも取り上げられて、みんなで教示研究をしたり・・・そう言えば、「やまなし」の授業の本を買ったら法則化運動の本でして、法則化の授業を跳び箱以外で知ったのも、「やまなし」でしたねぇ。

研究したなぁって印象が残っている物語って、「ちいちゃんのかげおくり」「大造じいさんとがん」「ごんぎつね」「ひとつの花」「てぶくろをかいに」とか、やっぱり偏っているのかしら?詩の方に時間をかけることが多かったしねぇ。

 

授業研究をするみたいに読むのと、普通に読むのと違うんだってわかっていたけど、久しぶりにそんな読み方をしてみると、普段は情報をたくさん落としながら読んでいるんだなぁって。

読書ってリラックスして楽しむモノって思っちゃっているので、目をギラギラさせて、脳細胞フル回転では読まないんだよね、私は。

保護者参観で何を観ればいいのかしら

以前勤めていた学校で、毎日が参観日という方針がありました。参観日をなくして、保護者がいつでも来校して参観できますという通知が出ていました。私は良いなぁと思っていましたが、逆に通知が出てないと来校するきっかけがないという意見もあったらしく、現在は参観日もあります。

でも、参観はいつでもOKという姿勢は大事だと思います。そう声をかければ、見に来てくれる保護者が少し増えます。

 

見に来てもらえれば、クラスの様子が分かると思うんだけど、参観日だとみんな良い子になっちゃうので、いつもとは違いますね。6歳の子でも、参観日はいつもより頑張ります。大抵の場合、参観日に見せる姿は、その子なりの背伸びした姿なので、いつもより関わりや取り組みが良い事が多いって感じます。

 

参観日以外なら、見に来た保護者の子以外は緊張しないため、全体の雰囲気は通常に近くなります。場合によってですけど、雰囲気に飲まれて普段の姿が見えるかもしれませんね。

 

どうしても自分の子に目が行きがちだと思うのですけど、クラスの雰囲気を感じるのは大事だと思います。集団としての質はどうなのかしら?と。子ども同士のかかわり方を見ていると分かってくるんじゃないかしら?と。

 

学級便りなどで、担任がクラスの様子や目指す姿なんかを知らせることが多いと思いますけど、それと参観したときの実感を比べてみると色々見えるかも。

 

 

「教科書が理解できない?ふーん」じゃなくてさぁ、もうちょっと何か考えようよ

YOUTUBE池上彰のニュース解説を観ていたら、10~20年後にロボットによって失業する職種についてやっていました。FM和歌山ではロボットアナウンサーを導入したとか。

今日のYAHOOニュースのトピックスに「中3の25% 教科書理解できず」というタイトルがあります。「教科書を理解できない」という言葉をどう受け止めようか?ということは考えなきゃいけないけど・・・25%って、教室の中での困っている子はこのくらいの割合だろうと思っていたので、妙に納得してしまいました。

 

そんで、そこの文章だけ読むとありがちな統計結果なのですが、記事に登場する「国立情報学研究所・新井紀子教授」で検索すると、ロボットとの関わりが出てくるんです。

新井教授は数学者で『ロボットは東大に入れるか』の著作者。

検索した中に、湯浅誠さんが書いた記事

「AI研究者が問う ロボットは文章を読めない では子どもたちは読めているのか」

というYAHOOニュースの去年の記事が出てきます。

この記事によると、キーワード検索のような読み方をしている子が多いと。5割の教科書読み取り困難と2割の基礎的読解の困難が見られると。つまり読めてない子が多いんだと。読めるようにするのは公教育の責務であると。

 

読解力を付けるための方策は考えていかなきゃいけないのですけれどね。逆に考えるとさぁ、AIに読み取らせるように伝えたら伝わりやすいって事だよね、って思っちゃいました。この記事を読むと、伝え方についての方略がわかります。

問題提起の文の中では、伝える相手に対して自分と同じ力を持っているという前提で勧めていくことの危険性を読み取ることができます。

義務教育でちゃんと教えろよ!っていうメッセージになっていると感じましたが。

 

それにしても、ロボットが人に近づいている時代っていう認識はありましたが、人の方もロボットに近づいているとは思わなかったわぁ。

わからないことへの理解

教師集団の特徴の一つは、ほとんど大卒(短大含む)っていうところです。教員採用試験以前にも受験やらテストやらで、ある程度「勉強が解った」とか「テストは何とかなる」という経験を持った方が多いでしょうね。

 

子どもの困り感を教師に伝える時、なんか微妙な表情をされる方がいるなぁという時は、その後やっぱり納得してなかったんだな (◞‸◟) という事件?が発生することがあります。

 

わからないということを教師がわかってない。

 

この理解がないと支援が成立しないように思います。

 

そんなことはない、という先生の中に、個々の認知過程の違いを理解し、且つ適切に対応を考えている方がどのくらいいるのでしょうね?

モチロン、理論でなくて経験をベースにしたモノでもよいのですが。

 

子どもの話を聞くと、「そんなこともできないのか!」と言われる話が度々でてきます。

すでに習得されていて使い慣れたモノは「そんなこと」なのです。オトナ達は、習得する前のコトや習得する過程を忘れています。

 

でも、教えるコトを職業にしてるなら、色々考えてほしいですね。

 

厳しくして下さいって言いますが…

今でもよく聞くセリフですね。「厳しく」の内容が叱ることなのであれば、これ程まなびから遠いものはないんじゃないかしら?

 

先生が甘い!みたいな事を言ってくる人もいますが、クラスの9割がその甘い指導でしっかり動けているなら、動けてない子どもの積み重ねの問題もあるでしょう。定型発達でも非定型発達でも、そもそも叱られてばかりの子どもは、自信を持つことが難しい。それはよく聞くし、実際に見ていてうなずけてしまいます。

叱られながら育てば、叱る人がいないと課題が進まない、なんていう子どもになっていく可能性が高くなります。影でこそこそ、叱られなければ何をしても良い、強者に従い弱者を虐げる、っていう方に進まなきゃ良いのですが…

 

縛りがキツければ、考える必要がないもの。管理されなきゃ動けないとかね。そりゃ周りの事なんか考えませんでしょう?だから集団行動が難しくなるのでしょう。

 

失敗して叱られてばかりっていうのも自信なくすわー。大人だって同じでしょう。

大人がちゃんと教えてあげないから、ずっと同じ失敗繰り返すんじゃないかな?って考えてほしいな。

やっぱり失敗を上手にさせてあげたいな。叱ることを全て否定はしませんが、バランスよく教える事は、家庭だって同じはずです。

気に入らないから怒鳴り散らすのは、躾とは言えません。厳しくするなら自分にも厳しくあるべきです。子どもより大人が偉いと言えるのは、知恵や経験があるからでしょう?上手く教え育んでほしいと思ってます。厳しいでしょうか?

 

 

運動会の練習シーズン

運動会の練習期間はだいたい1か月。体育の授業プラスαで、まぁ毎日ではないにしても、20時間前後?弱?学年によっても変わります。

 

当日は見る事ができないので、練習は見に行く様にしています。教室では捉えにくい部分が出てきやすいのでは?特性が顕著に現れるのでは?と思っているからです。

 

学年種目が定められている学校でも、年度ごとに学年で決める学校でも、基本は、教師側から子どもに何をやるかを言い渡されるパターンが多い様です。この時点で子どものモチベーションがどのくらいあるかが気になります。今日参観した学校の先生は、そういうことを気にしていました。すごく良いと思いました。

色々な学校、学年を見ていると、やはりそこには指導に差が見られます。それは意識の差でもあるのでしょう。

 

子どもの側からは、どう見えているのでしょうね?

毎年やる事が決まっていると、前年度に見ているので、見通しが持ちやすいのですが、全く同じというわけではないので…

 

練習では、色々な指示が出てます。

静かにしなさい

動きを見なさい

みんなで揃えなさい

…………

視覚と聴覚で情報を収集して、分析して、自分の体の動きを認知しつつ、修正して、尚且つワーキングメモリを総動員。集中力やら持続力なんかも動員しないとね〜、とまぁ、みんな頑張ってますね。そうやって、その時間にやった事を次の時間まで覚えていなきゃいけない!しかも、当日が迫ってくると、指導が荒くなったりすることもあるかもしれない。そんな先生に当たった時には嵐を乗り越える様な感じになってしまいます。

っていうことを指導する方みんなが考えていてほしいと思ったのでした。

ぢゃあ自分が担任だった時は?と言われると、んーってなっちゃいますが、モチベーションを上げるくらいの事はしてたかなぁ〜(^_^;)どうだろー?

 

初音ミク10年ですか

 

専門的な音楽の授業はキライですが、元々楽器は好きなんです。だけど巧く弾けない。だからか昔からシーケンサーとかに関心高かったなぁ。

音楽って言うと楽器がネックになるんだよね。ある程度器用さがないと運指ができないとか、リズム感がないとずれちゃうとかさ。指導する先生が音楽だけを教える専科が多いこともあって、専門家ならではの細かい指導か丁寧な指導をされる方が多いようです。高い専門性が「音が苦」にするんだな、と子どもの頃から思っていたので、手先の器用さがなくても音楽を創作できる「コンピューターミュージック」には飛びつきましたね。

sonarというソフトを買って、使いこなせずにsingersongwriterというソフトに買替えて、何となく使い方が分かってきたかな?という時期にVOCALOIDを知りました。日本語ボカロはミクの前から出ていて、買うタイミングを考えていた時に初音ミクが出てきて・・・その時は結局買わなかったんですねぇ。

この時はVOCALOID2になって、かなり進化したというので、もうちょっと待った方が良いかなぁ?と思ったモノで。

初めてのボカロは「歌愛ユキでした。色々迷ったのですけれど、教材として使うなら、小学生の声の方が良いかしら?と思ったモノで。

支援級で作った歌を可愛ユキに歌わせて、授業で使いました。

その後、「東北ずん子」を購入した頃からオーディオインターフェイスも使い始めて、さらにCeVIOの「ONE」を使うようになり、現在に至ります。

 

・・・というわけで、初音ミクは買っていないのです。ず~~~~~~~~~っと購入候補のままで10年。買ってはいないけれど、やっぱり10年はすごいなぁと思うわけです。

せっかく購入した3つの声をもうちょっと使えるようになったら、次は初音ミクかな。今VOCALOID4ですね。5が出る頃には買えるかな?f:id:azumayamatotoro:20170903084202p:plain