凹凹MEMO

前向きでないかもしれませんが、後ろ向きになりすぎない程度の綴方・・・要するにぼやきです

放っておいても視覚支援が広がるんじゃないかと思ってしまいました

落語家の桂歌丸さんの記事がyahooニュースに載っておりまして、

歌丸「裸でお盆の何が芸か」

とトップページには書かれておりまして、中身を読むと、日本語を使った芸が大事ってことかしら?言葉を使う芸が本筋みたいな?

落語って教養がないと笑えない話芸だって先輩が言ってました。私は寄席に行ったことくらいはありますが、それほど聴いているわけでは無いので詳しくないのです。歴史的な事件や和歌などのパロディー?みたいなのが噺の中に出てくるので、知らないと面白みが分からないものもあるようです。

子どもの頃に漫才ブームがありました。漫才も話芸ですよね。でも、その中でも動きで笑わせるものもあったのですわ。「コマネチ」とか有名でしょう。

コントは会話に動きが付くので、場面の臨場感が出ますよね。セットや小道具を使うと、分かり易いでしょう。

落語は、扇子と手拭いを使って色々な小道具を生み出しています。演者にも聴者にもイメージ力を求めている感じでしょうか?

そういうところからすると、裸でお盆の芸は、見たままを笑おうとするものナノかしらん。

言葉を理解するのが難しくなってきたからさ、言葉はなるたけ使わない・・・文章化しない方が良いよね。単語やフレーズを使うことで分かり易くなります。

動きだけなら何でも良いわけではありませんよ。チャップリン無声映画なんか、長いからストーリーをたどらないといけない。短くないとね。

こうやって視ると、最近のお笑いは合理的配慮してる?

逆かな?視聴者側のイメージ力が低下しているのでしょうかね。それとも、分かり易い笑いに飛びついている内にイメージ力が低下しているのでしょうか?

どちらにしても、マスコミがこれを強化しているということになりませんか?

教育改革を掲げる政治家な多いですが、本気で子どもを育てるつもりなら、マスコミやゲームに手を付けないと・・・学校だけで変わるわけないじゃん。根本は社会だよねぇ。

歌丸さんの思いとは逆に、深く考えなくても笑えるようなモノが流行っていくのでしょう。もちろん笑いだけじゃなく、世の中どんどん便利になるので、器用じゃなくても大丈夫だし、色々なところで考えなくても済みますね。この便利さの筆頭はきっと視覚支援なんだろうと、思っているのですが・・・ん?結局何の話だ?

「壁」

完成!

作業前のイメージと違うものになりましたが、まぁ、役目は十分果たしてくれるし、お金もあまりかからなかったし、楽しく作れたので、◎!

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見えないものは分からない

「相手の事情を想像する」というのが難しくなってきたのかなぁ。世の中は便利になったのだけれど、その分弱くなっちゃった力の一つだと思うわけです。実は私もこの面が弱いんですよ。時間をかければ想像できるのですが・・・。

相手の事情を考える機会も少なくなったのではないかしらん?携帯のおかげで、「ただ待つ」ということが激減したでしょう?すぐに連絡ができるのだもの。想像することなく答えをすぐに獲得できます。「思いを巡らす」事はないよなぁ。

連絡が取れなければ、想像する機会が訪れますが、すぐに答えが出ないことにイライラする人が多いようです。イライラは視野を狭くします。視野が狭くなっている人は、やはり想像の幅も狭いようで、自分本位な解釈に陥りやすいように思います。相手の事情を考えるより、イライラが優位になるんだなぁ。

「思いを巡らす」とか「色々な可能性を考える」ってのも訓練だなぁ、と思います。

 

壁作成中

やっと車輪を取り付けましたが、金具が出ていて、収納の邪魔?

人工芝みたいなのが安く売っていたので、それを置いてみたら、丁度良いのです、これが。

金具を使うとこうなるんだぁ・・・ということで、結束バンドを使ったらどうかしら?と考えてお店を回ったら、でかい結束バンドが売っていました。脇を小さい金具で留めて併用してみました。

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骨董品レベルのカラーボックス

教室に壁を造りたい!

ということで、昨年夏の研修で紹介された「壁」を造ろうと、カラーボックスを集めました。この写真のカラーボックスは、家にあったモノで、購入は1980年だったかしら?37年前のカラーボックスにしては傷みが少ない?真ん中の板はシングルレコードを置きやすいようにと当時自分で取り付けたのでした。

さあて、巧く壁ができると良いのですが・・・

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漢字の学習

支援教育の話をした時に、漢字学習についての質問がありました。文字学習は生活の上でもベースになる部分なので、頑張って欲しいなぁとずっと思ってきたところです。

文字学習と言えば、どうしても書いて覚えるのが主流になってしまいますねぇ。古来、書いて伝えるための道具なので、仕方ないと言えば仕方ないと思いますが、ITの発達で、その辺りが変化しているため、学習も変化しないといけないのでは?とか思いませんかねぇ?

書いていれば覚えるというのは、事実でしょう。個人差はあるにしても、使用頻度が高いほど記憶に残るのだし、学習が成立しやすくなるのだし。

問題は、①書くのが苦手だったら負荷がかかりすぎること②特性によって書くより効率よい覚え方があること を指導者側が知っているのだろうか?ってことですね。

 

10年前の学級では、まず、子どもたちがどうやって覚えているかを発表してもらいました。書いて練習する子が多かったのは、親や教師がそうやって覚えていたことが大きいかなぁと当時は思いました。

見て覚える子が2~3人いたと記憶しています。定着度によりますが、こういう子に漢字百字の宿題は意味半減です。他に空書きする子や漢字クイズの本を使う子などがいました。

担任側からもいくつかの手段を提案した上で、「覚え方を色々試してみよう」という流れに持って行きました。これだけで改善の見られた子もいましたが、関心を高めるにはやはりゲーム性のある活動を!ということで、週1時間程度、漢字の時間をとっていました。

採点の仕方も変えました。○と×だけで採点せずに、△を付けて部分点を加えていました。スモールステップというなら、課題だけでなく、評価もスモールにすべきでしょう。採点に時間がかかることが大きなデメリットでありますが・・・。この時は、苦手で何も書かなかった子も、ちょっと書いてくれるようになってくれました。

 

というような工夫はしてきましたが、良い学び方はないものかしら?と考える毎日です。

Deaflympics

パラリンピックというのはテレビがあった頃には視ていましたが、こちらは始めて知りました。

デフリンピック啓発ウェブサイト:デフリンピックの概要

一昨日の研修で触れられていたので、ちょっと覗いてみました。平成32年に東京で観戦できるかと思いきや・・・

 

ちょっと手話に興味が出てきて、ネット動画で眺めています。