ちょっと凹凹

つらつら考えて・・・くよくよぼやきましょう

断捨離がむずい

子どものころから片付けが苦手です。暗記や学習定着に時間がかかった記憶がたくさんあるので、記憶面での苦手さも幼少時からであったと推測できます。結果として紛失率が高かったのだと思うんです。まぁそれはそれとして…学生の頃に言われたのは、普通は来客前に部屋がきれいになるものだけど、私の部屋は来客があるときれいになるというものでした。まぁおっしゃる通りでしたね。片付けのメッソド本を買ってきて、それが積み重なっていたりしてました。

片付かない理由なんですが、「片付け」に集中できていないのが大きいかなぁ。片付け中に見つけてしまった本やノートを眺めているうちに日が暮れてしまいます。途中で別のことをやりたくなって時間がかかるパターンもありました。

また、やり始めるときれいに片づけることが優先されて効率的に作業が進まないという面もあります。自分で使うものなんだから満点の整理整頓でなくても良いのですが、なんか気に入らない気持ちが涌いてその場で落ち着かなくなるので、ちゃんと片付けようとします。時間が長引いて片付かずに終わったり中途半端な片付けになったりするパターンが多いのですが、その後その中途半端さが気にされることはありません。その場限りのこだわりなんだなぁと気づいたのは支援のお勉強をしてからでした。

教室の机周辺も結構散らかっていたのですが、さすがに子どもたちの目もあるので片付くようになっていきましたが、子どもたちの協力も大きかったなぁ。感謝感謝。職員室の机もねぇ、主任さんの机へ雪崩を起こしてしまい叱られたことがありまして、以来机上に物はなるたけおかないようにしてました。

まぁでも根本的に片付けが上達したわけではないので、どこかに堆積していたりするわけですね。

 

長い前置きでしたが、そうやって堆積した品々を退職して受験も終わったし、終活という観点からもしっかりと片づけたいと思ったのが2年前。まだ片付いていないのでした。

断捨離って一般化した言葉がありますけれど難しいなぁ。捨てるのが大事だってのはよく分かるんですわ。これも学生の時に言われてしまいましたが、私は整理整頓をしているのではなく移動しているだけだって。そうなんだよなぁ。

AI君に聞いてみると

断捨離(だんしゃり)とは、ヨガの「断行・捨行・離行」を応用し、不要なモノを断ち切り、捨て、モノへの執着から離れることで、心身ともに快適で豊かな人生を送ることを目指す考え方・実践方法です。単に物を減らすだけでなく、「今の自分にとって本当に必要か」を「自分軸」で考え、モノとの関係性を見直し、人生をよりシンプルに、豊かにすることが目的です。 
断(だん): 不要なモノが家に入ってくるのを「断つ」こと。
捨(しゃ): 今持っている不要なモノを「捨てる」こと。
離(り): モノへの執着心から「離れる」こと。 
①「自分軸」で判断する: 「高かったから」「もったいない」といった「他人軸」や「モノ軸」ではなく、「今の私に必要か」という「自分軸」で判断します。
②執着を手放す: 思い出の品や、いつか使うかも、というモノへの執着心に気づき、手放すことで心が軽くなります。
③空間と心のゆとり: 物理的なスペースが広がるだけでなく、思考や感情のスペースが生まれ、新しいことへの挑戦や集中力が高まります。
④決断力アップ: モノの取捨選択を繰り返すことで、人生における決断力や自己肯定感も向上します。
断捨離は、身の回りのモノを見直すことを通して、自分自身の生き方や価値観を見つめ直すための、人生を豊かにする実践的なライフハックと言えます。 

なるほど~。こうして概要を読んでみると断と離ができないと捨につながりそうもないですね。執着だらけですよ。断行とか離行とかって何かメソッド本が出てないかしらん?ってこうやって物が増えるのでしょう。でもこういうシステムで並べるなら断離捨になるんじゃないのかなぁとか。

調べる前に思っていたのは「思いを断って捨てたら離脱症状?」でした。「離脱」って心理のお勉強で出てきた用語で依存症とかの禁断症状。まぁ言ってみれば物に執着している状態っていうのも依存関係と言えなくもない・・・私的には。

片付かない状況が病的に思えてきましたね。ここまでまとめたら少しは状況変化があるかなぁ。片付けの定義も理解したことだし、今の時点では片付ける気満々ですけど。