「実際に現場に行かないと分からないことが多い」
当たり前のことに思えるのですが、希に当てはまらない優秀な人もいます。でもやはり希なので、行政の人とか政治家とか評論家の方に擦り込みたくなる言葉です。私は実感を伴って理解を進めるタイプなので現場へ行くことを大事にしています。
現場の人に聞くのも大事だと思うのですが、どうしても発信者のフィルターを通すので情報の正しさはライヴにカナイマセン。巧く授業をすることが当たり前にできてしまう教員Aと毎日悩みながらも授業が巧くない教員Bでは教育システムや学校環境などへの感じ方が違うでしょうし、同じ子どもへの評価も変わってくるのではないかと思います。よく聞く「教員の声」とか「学校現場の声」とはいったいどの様な状態の教員に聞いているのでしょう?といつも思います。
昔何度か「○○訪問」といって、いわゆる偉い人たちが学校現場にやってくる行事を経験しました。文部省の人がやってきたこともあります。訪問日が分かっているのでそれに合わせて当日見せる・・・見ていただく資料作りに追われました。訪問日前には説明の練習会が行われました。で、当日ぐるっと施設を見た後は校長室で帳簿のチェックや担当者の説明が行われます。もちろん子どもがいる時間に行われていました。説明を担当する人は自習にするんだね。まぁそんなことは小さな事だと思いましたけど。
せっかく文部省から学校現場へやってきても、授業をしっかり見るとか子どもの声を聞いて関わるとか、そういうことはしないのね。子どものことを考えて運営されている役所ではないのかい?まぁ運営上の監査だというなら予告無しに来てくれないと意味がないんじゃないのかなぁ?授業参観でさえ普段と雰囲気が違うのになぁ。と当時思っていました。
教育委員会や指導主事の訪問は何度もありましたが、文部省よりはマシでしたね。特に今世紀に入ってからは授業の指導講評が参考になることが多くて有難いなぁとさえ思いました。でもこれでも普段とは違うンだよなぁ。ホントに見て欲しいのは休み時間とかの子どもと教員とのやりとりとか、清掃指導とか、朝の会や帰りの会とか・・・指導案を作ったら行動がある程度決まってしまうので、そうでない場面できっと教員の正体が見えるんじゃないかと思ってます。
だいぶ長い前置き(ぼやき?)でしたが、今日現場へお手伝いに行って、担任の目配りや声かけや立ち位置なんかがとてもスムーズでいいなぁなんて場面をいくつも見させてもらったので気持ち良く帰ってきました。
先日の勉強会を念頭にお手伝いしていたつもりなのですが、そこはあまり巧くいかなかったかなぁ。やはりティームティーチングはティー1以外が難しいです。支援助手の皆さんの動きの方が余程スムーズでした。
給食も頂いてきましたが、ホントに給食って有難いですね。私の食生活は栄養教員によって支えられている、と現役の時から思っていましたが、退職してより強く思います。栄養教諭と給食調理員の皆様に感謝感謝。さてあと何回給食を食べることができるのでしょうか?

今日も美味しかったし楽しかったです。